今までの中から印象的であったものを2週間ほどリバイバルします。
原本:2016年9月10日
2016.9.7. 河内長野市喜多町 喜多町会館横の公園にある太神宮灯籠
特徴のある深い彫りで、西面に「太神宮夜燈」と銘文があります。
南側の面は、違った書体で「宝暦・・・」と読めますが、後がよくわかりません。
花崗岩の粒子が粗く、またかなり風化していて粒が一部とれているようです。
よくよく観察してみると、「庚(かのえ)」の文字が見えます。宝暦年間で。「庚」は宝暦十年の「庚辰」だけ!
とすると、この灯籠は宝暦十年に作られた、南河内最古の太神宮灯籠のひとつということになります。
そういえば、「宝暦」の文字の後に小さく「十」の文字があるように見えます。
火袋の「月」と「日」がとても大きいです。
地蔵祠と灯籠がみえます。
製作年はよくわかりませんでしたが、花崗岩製のおおきい、アルカイックスマイルのお地蔵さんです。
その下に敷いてある石は、川原の丸石ばかり。賽の神信仰でしょうか。
地蔵祠に丸石を敷くやり方は、富田林の彼方地区の地蔵祠にも見えます。
これは、地蔵祠の横にある「南無阿弥陀仏」と彫られた石碑です。六字名号板碑かと思われます。
かなり古く、寛永六年(1629)の江戸前期に作られた板碑です。
第3代将軍 徳川家光が25歳の時ですね。
ほかにも、かなり風化した一石五輪塔や舟形や蒲鉾型の板碑が見えます。
公園の一角にある宝篋印塔。「法性塔」と銘が刻まれています。
「正徳五乙未歳」(1715)の銘 江戸中期の製作です。
ここの公園には大日寺(写真)のほか、法性塔、太神宮夜塔、地蔵祠、六字名号板碑、道標、一石五輪塔など多くの石造文化財があります。
撮影:2016.9.7.
2016.9月10日 (HN:アブラコウモリH )