2020年1月3日遅ればせながら、氏神さんの喜志の宮 美具久留御魂(みぐくるみたま)神社に初詣に行きました。
毎年鳥居前に門松が一対置かれています。
延喜式神名帳(延長五年、927)に名前を連ねた式内社 美具久留御魂神社 。少なくとも、千年以上の歴史を町とともに歩んできました。すでに平安時代から成立していたことは明らかです。社伝によれば紀元前88年、崇神天皇の用命で創建されたと言われる由緒ある神社です。
やっと、やってきました! 2014.9.4.
元禄六年(1696)寄進の手水鉢
すでに320年以上年が経過しています。
水盆の縁には複数の盃状穴(はいじょうけつ)があり、これは後で人為的に作られたものです(ポコポコした穴)。江戸中・後期以降の安産信仰もしくは授かりものすべてに対しての民間信仰かと思われます。
下拝殿 真ん中は 美具久留御魂神社イメージキャラクター 「みぐくるん」。
頭は二上山、袖のヒダヒダは石川の流れを表しているそうです。
巡礼街道で詣でる喜志の宮さん:富田林寺内町→美具久留御魂神社 2016.1.3.
「神心和楽」
この特徴のある書は日展作家(書家) 松永白洲(松永薫)氏によるもの。
長年、富田林市の川西小学校などに勤務された先生(天王寺師範学校卒)は、教職の傍らアマチュアの書道家として日展など多くの展示会に入賞されました。平成14年(2002)、89歳で他界されています。
生家は大和川のほとりの藤井寺市船橋町の元庄屋(現在の松永白洲記念館)の生まれです。
関連ブログ:松永白洲記念館
下拝殿脇の元禄九年(1696)の石灯籠。今から320年以上前。
富田林村(旧寺内町)の造り酒屋 河村彦左衛門により寄進されました。
これは「朝鮮通信使の絵馬」で、下拝殿右殿に掲げられています。
天和2年(1682)に友好親善使節として、李氏朝鮮から日本へ派遣された第7回朝鮮通信使の船旅の様子をえがいたもので、3隻ずつ並んだ御座船が上下2段に描かれています。そして絵馬には奉納期を元禄8年9月(1695)、喜志櫻井村11名の名前が連記されています。
巫女さんの舞
振り返ると、参道のむこうは二上山。下拝殿から見る東側の二上山と鳥居が神々しい。
私の富田林百景+ 「 太陽の道 美具久留御魂神社 」 2013.12.17.
二上山からの日の出ー喜志の宮 2019.4. 2019.4.11.
毎年正月の初詣の時に下拝殿横にこしらえられるたき火。
心もからだも温ったまります。これだけきれいに作られているたき火は見たことないです。
本殿への急階段に鎮座する狛犬
「すんません。もう200年以上もここでお参りする方々をお迎えしてきた狛犬です。朝、日の出前から、そして暗くなっても、お家(うち)の心配事を相談に来てくれはる御主人や、娘さんの合格祈願に来てくれはる若い奥さんの祈る姿を見てきました。いつの時代でも、祈る気持ちは皆同じ...神さんにお参りする方々の心があるから、私らもここでこうして元気にお迎えしてますねん...これからも、平和な一日に感謝して、ありがとうの気持ちを大切にしましょ...」
歴史を物語る元禄三年(1690)の古い灯篭。330年前に奉納されました。
松尾芭蕉が「奥の細道」の旅を終えた翌年です。
苔むす境内。背後の山は神奈備山。神宿る神聖な山です。
本殿に向かう急階段を避けて、回り込む道を進むと、稲荷社があります。
そこから50m程、山側(西側)に登ると、「一ノ宮参拝路」に至り、参拝路沿いに「なみだれの梅」の碑がありました。
「なみだれの梅」の悲しい物語はこちらです。
涙垂の梅 2015.3.5.
さらに南南西へ50m行くと、こんもりした丘が目につきます。宮裏山古墳群の1号墳です。58mの前方後円墳で、4世紀末の前期古墳と考えられます。尾根続きの隣の丘には三角縁神獣鏡が出土した同時期・同規模の前方後円墳 真名井古墳がありました。(開発で消滅)
古墳には次の解説板がありました。
前方と後円部のくびれ付近から中に入れるようです。回りは玉垣で囲われています。
奥神籬(おくひもろぎ)と読むのでしょうか?
後円部の墳丘頂付近にある石碑。
神籬とは、「古来、日本人は自然の山や岩、木、海などに神が宿っていると信じ、信仰の対象としてきた。そのため、古代の神道では神社を建てて社殿の中に神を祀るのではなく、祭りの時はその時々に神を招いて執り行った。その際、神を招くための巨木の周囲に玉垣をめぐらして注連縄で囲うことで神聖を保ち、古くはその場所が神籬と呼ばれた。」とあります。
地鎮祭で玉垣で囲い、神を呼んで土地を鎮める。そんな感じでしょうか?
本殿回りの参拝路では、いのししが出るようです。
いのししの仕業と思われる掘り起し。
古墳(奥神籬)を巡る「一ノ宮参拝路」巡り、上拝殿に着きました。
案内図はここをクリック
本殿左脇の摂社、熊野貴平神社と南木(なぎ)神社
平成三十年(2018)9月の大阪を襲った台風21号の暴風により、本殿裏の直径50cm越える大木が折れ、この摂社の間のわずかな隙間に倒れました。直撃すればお社は完全に倒壊するところでしたが、「小難あって大難なし」、神様のお力で南木神社の軒先の少し損傷(写真の色が変わっているところ)させただけで事なきを得ました。
喜志の宮から 二上山の日の出 2019.9.4.-厄難除神事
みくじの木は花盛り。
10月の第三土日の秋祭りには、近在の村々から十数台のだんじりが宮入りします。
喜志の宮さん(富田林市)のだんじり祭り 2016 2016.10.17.
写真撮影:2020.1.3.
2019年1月4日(HN:アブラコウモリH )